第七話 恐怖
…302部隊旗艦、ハリオの中に流れる空気は、酷く暗いものだった。
それはそうだろう。部隊のモビルスーツ二機が大破、二機が中破し…一機、この302部隊の象徴とも言える
ガンダムの一機が…ジオンの残党に、奪われたのだ。
いや、そんな事は些細な問題だったのかもしれない。それよりも…
MIA扱いになった部隊のムードメーカー、バイスと戦死扱いとなった三人のパイロット…
…撃破されたヌーベルジムLの二人のパイロットと、そして…隊長ブラッドの旧友にして、今や度重なる実戦訓練で
パイロットの、いや、302部隊のほとんどの人員に慕われていた、グレッグを失ったことが、部隊を暗くしていた。
特に、ビリーら元試験隊の人員の悲しみは深かった。
頼れる隊長で、そして彼等にとっては父親同然の存在になっていたグレッグ。
特に、ニールやアヤカ、ライルらが配属される前からグレッグの部下だったビリーの悲しみは深かった。
亡くしてみてはじめて気付いたが、彼にとっては、本当に父親同然の存在だったのだ。
そして、今となっては彼は知る由も無いだろうが…実の子供との関係が希薄だったグレッグにとっても、ビリーは息子同然の存在だった。
ビリーとニール…特にビリーは、ガラにもなくパイロットピットで塞ぎ込んでいるかのように、うなだれていた。
実際、塞ぎ込んでいるのだろう。
パイロット達は、誰も二人にかける言葉が見つからず、何かを言ってやる事もできなかった。
そんな折…パイロット・ピットなどには通常現れないような者が、自動ドアを開け、現れた。
「ブ、ブラッド……中佐…」
コルトが呟いた。いや、呻いた、という方が近いかもしれない。
その場にいた全員が、一斉に姿勢を正した。ニールですらもだ。
しかし、一人だけ例外がいた…… ビリーだ。
その生意気とも、気が違ってしまったともとれる態度のビリーに、ブラッドは吐き捨てた。
「……腑抜けたな、ゴミ虫」
「…あぁ、そうですよ」
ビリーは、まるで不良学生が教師に開き直るような口ぶりで、それを肯定した。
「自分がもっと早く動いて援護に行っていれば、グレッグ隊長は死ななかったかもしれません…
…いや、そうだったハズだ。隊長を一人で行かせたから、隊長は死んだ。
オレが隊長を、殺したようなもんだ… そうです。オレはゴミ虫ですよ」
「……ほう。随分と自信過剰な考え方だな、ゴミ虫君。
パイロット一人の動きで戦況がどうにでも変わるとでも……思っているのかね?」
「…そんなもんじゃないですか、モビルスーツ戦なんて。
実際、グレッグ隊長の動きだけで戦場のバランスがガラリと変わった事だって、一度や二度じゃない」
「成る程……では貴様は自分がもうパイロットとして、グレッグと同じレベルまで達しているというのか。
大した自信だな…」
「…だから、そーいうことじゃないでしょ。わかってねーな」
その様子を見て、その場にいたビリーとニール…そしてブラッド以外の全ての人間は、全員戦慄した。
ブラッドの恐ろしさは、302部隊の正規の隊員なら誰もが知っていた。
そのブラッドにこんな口の利き方をして、ただで済むわけは無かった。
中には、祈るような心持ちでこの会話を聞く者も少なくはなかった。
もはや、ブラッドの恐ろしさを知っている隊員達は、時間が速く進んでくれるのを祈るばかりだった。
「……私がわかっていない?
クククク、成る程……貴様の方が私よりモビルスーツ戦について詳しいとは。知らなかったな」
その特徴的な、喉を鳴らす笑いを聞き、302部隊のパイロット達は震え上がった。
彼が、その笑い方をする時…印象に残っている、残虐なシーンが、彼等一人一人に、トラウマとして残っているのだ。
彼に「やらされた」行為を、実体験として…
そんな様子には構わず、ビリーは言った。
「んなこたぁ、どうだっていいんですよ。隊長さん…」
この場にアヤカがいれば、この時点で彼を止めただろう。
ビリーの目は、かつて少年時代、無策に数も体格も勝る不良集団に襲い掛かった時の…
…後先考えずにバイスを殴り飛ばした時の、あの眼を…さらに凶悪にした眼をしていたからだ。
「…あんたは、悲しくないんですか?
旧友が死んだんですよ、目の前で。何も出来ずに。
それとも、グレッグですらあんたにとっちゃあ、死ねば何の取り得も無いゴミ屑ですか?」
あのニールですら、何も口を挟めなかった。
それほど、空気は張り詰め、緊張していた。ビリー本人だけが、それに気付いていないようだった。
それとも、気付いていてやっている事なのか。どちらにしてもまともではない。
そして、そのまともではない男の問いに、さらにまともではない…まともさの欠片も感じられない冷血漢が、答えた。
「…わかっているではないか、ビリー・ブレイズ…
例えどんな人間だろうと、死ねばただのゴミだ。何の価値も無い……」
「そうですか。ゴミですか」
「…そうだ。何の意味も、価値も無い」
「そうですか。グレッグが、ゴミ。
あの隊長が。ゴミ…だと」
瞬間、ビリーの形相が変化し、彼は怒りを露にし、我を忘れブラッドに殴りかかろうとした。
「や、やめろ!」
その場にいた全員が、ビリーを組み伏せた。最初にビリーの異変に気付き、止めようとしたのは、ニールだった。
ビリーが我を忘れ、ニールが諌める…今までとは逆の光景だった。
床に押さえつけられながら、ビリーは叫んだ。
「何がゴミだ! テメェ! グレッグが死んだんだぞ!
テメェには…感情がねぇのかよ! 悲しめよ!」
とビリーが言い終わるや否や、ブラッドが床に押さえつけられているビリーの頭を…乱暴に踏みつけた。
「……ッ!」
一切の容赦は無かった。
踏みつけられた際に口を噛んだのか、ビリーの口から一筋の血が流れる。
一歩間違えば、舌を噛み切っていたかもしれない…
驚くニールらを尻目に、ブラッドが言い放った。
「フン…一人前のパイロットになりたいのなら、感情などは捨てることだ。
残党狩りなどという甘いものではない…本物の戦争では人間など、それこそゴミ虫のように死んでいくのだ。
……そんなことに一々悲しんでいられるかッ!
戦場では死は日常だ、覚えておけ……」
そう言い捨て……さらに、こう付け加えた。
「貴様の怒りはジオンの残党どもにぶつけるのだな……」
そう言って、ビリーの頭から足を離したブラッドは、部屋を後にしようとした。
その間際、耐え切れずニールがブラッドに訊ねた。
「あ、あの……隊長殿、ビリーの処罰は…」
…その質問に振り返りもせず、ブラッドは答えた。
「…ヤツは規律を乱した。それだけでなく、たかが下士官の分際でこの私に殴りかかろうとすらしたな?
本来なら銃殺ものだがな……」
その場にいた全員が凍りついた。が…
「……まぁ、中々面白いレクリエーションだったよ。
コルト、後で隊長室へ来い。話がある……」
了解、と少し上擦った声を上げてコルトは返事をした。
そして、そこからは何も言わずにブラッドは退室した。
そしてパイロットピットには、死の宣告でもされたかのような顔で立ち尽くすコルトと、全員でビリーを押さえつけるパイロット達と
バツの悪そうな顔で男達に押さえつけられたままのビリー…そんな、間の抜けた空間だけが残された。
ともかく、このような形でブラッドにくってかかったのは、302部隊創設以来ビリーが初めてだった。
「…………」
退室したブラッドには、確かに悲しみは無かったのかもしれない。ただし、怒りという感情はあった。
そしてその怒りはとてつもなく深いものだった。
これまで残党相手に常勝だった302部隊… それがかつての戦友を死なせ、そしてガンダムを奪われるという失態まで犯してしまった。
高官の庇護を受ける302部隊がその程度で責任を問われることはないだろう。
だが、ブラッド自身のプライドがその失態の数々を許せなかった。
そしてグレッグの言う事など聞かず、自分と愛機ガンダムMk.Nが出ていれば
あのような無様な結果にはならなかった、とも思っていた。
「この302部隊が…ゴミどもを相手に…ここまで梃子摺るとはな」
誰に言うでもなく、ブラッドは呟いた。
「処罰無し、ですか…」
ブラッドがこれまでしてきた事を考えれば、有り得ない事だ。
ハリオ艦長、ハワードは当然不思議に思った。
「……何だ。生身で宇宙に放り出さないのが不思議だとでも言いたげだな?」
それはブラッドなりのジョークのつもりだったのだろうが、ハワードにはそうは聞こえなかったようだ。
「いえ、そのような事は…
しかしあの青年には…少々、お優しいようですな」
ハワードは、302部隊にいながらも、このブラッドという男の行き過ぎた行動を快く思っていない、良識派の軍人だった。
今の言葉は、ハワードとしては咄嗟に言葉を選んだ結果出た言葉だったのだが、それはブラッドには酷く滑稽なものいいに聞こえた。
「優しい? この私がか?
…クククク、面白い冗談を言うようになったな……」
「いえ、冗談のつもりでは…
…しかし、生還したコルト中尉をガンダムMk.Mから降ろす、というご判断も…」
「わからんかね? 何、ただの適正というものだよ……
…コルトには、ガンダムよりもっと自分の能力を発揮できる機体に乗ってもらう」
「それはわかりますが…
それでは、ガンダムMk.Mに欠員が出ることに…」
「…手は打ってある、当然な……」
「代わりのパイロットが既にいる、と? わかりませんな…」
そこまで言い終わって、ハワードは気付いた。
ビリー・ブレイズの今回の騒動での露骨な刑罰の甘さ… これが、関係しているのか。
「まさか、新しいガンダムのパイロットとは、あの…」
そのハワードの様子を見て、ブラッドはククク、と喉を鳴らして笑った。
「…そのまさかだと思うがな」
「何故です? あの青年は、確かに訓練での成績は目を見張るものがありますが…」
「……何故、か? 何故だろうな……」
そう言うと、ブラッドは何故自分があの男をガンダムのパイロットに選んだか、冷静に分析してみた。
あの男に、可能性を見出したからか?
…そう考えて、ブラッドは自嘲した。
―――グレッグの最後の教え子に可能性を見出す、か…―――
おおよそ、彼らしくもない考え方だった。こんな発想をする部分が自分の脳にまだあったという事が、何故か可笑しかった。
「クククク…まぁ、大した理由などは無い。
だが昔からよく言うだろう…… ガンダムのパイロットは若く、反骨精神に溢れた者だと……」
「それだけの…理由ですか?」
「……そうだ。まぁ、バイスやコルトよりは似合うだろう?」
ハワードには、ブラッドの考えが全く掴めなかった。
それらのブラッドの独断で決められた人事が発表されたのは、翌日の事だった。
「災難でしたね、コルト中尉。
せっかくガンダムに乗れてたのに…」
そんなライルの憐れむような言葉を鬱陶しいと思いながら、コルトは言った。
「バカ言え。オレには、こういう機体の方が性に合ってんだよ」
コルトの言った「こういう機体」…その機体は、回収したシュツルム・ディアスだった。
頭部、グライバインダー以外は目立った損傷の無かったシュツルム・ディアスは修繕され、遠中距離支援のスペシャリスト
コルトの愛機となって蘇ったのだ。
…と言えば聞こえはいいが、実際はゲンを担ぐ軍人にとって、死人を出した機体を修繕した機体などこれ以上不吉なものもない。
コルトが強がっているのは、誰の目にも明らかだった。
…そして、それから数分後。ビリーとニール、そしてライルの前にはあの男が立っていた。
「残念だったな、グレッグ大尉は…我々は、誰にも代えがたい人材を失ったよ」
シュツルム・ディアスの一件でグレッグとも付き合いの深かった、あの技術士官だ。
その言葉が、どこまで本音から出ているものか。ビリーには信じれなかった。
グレッグがいなくなった今、ビリーらは機体の説明や人事など、一切を一時的にこの男から聞かされることになっていた。
そして技術士官の口から、ビリーがガンダムMk.Mの欠員に選ばれた事を聞かされた。
それを聞いて、ライルは「ウチの部隊からガンダムのパイロットが出るなんて」と心からビリーを祝福したし
ニールは狙っていた席をよりによってビリーに奪われ心底悔しそうだった。
しかし、当のビリーはどうも釈然としない様子だった。
「…何で、オレなんですか」
「何故、かい。そうだな…
詳しいことは私も聞かされているわけでは無いのでね。
言える事は、今までこれほどの抵抗を見せた残党軍に対し、幾度も生き残り続けている事、くらいだね」
「じゃ、じゃあ! 何でオレじゃなくて、ビリーなんですか!?」
納得いかない様子のガンダム信奉者ニールは、技術士官にそんな事を聞いても仕方が無いとわかっているのに
そう聞かずにはいられなかった。
「…まぁ、訓練及び実戦での戦果の差だという話だったね。僅差だったようだよ」
「僅差ぁ…!?」
技術士官はニールを慰めるつもりで言ったのだろうが、その「僅差で負けた」という事実は
ニールの心に、少なからずしこりを残すものだった。
あれほどまでにガンダムを信奉するニールではなく、機体へのこだわりなどもたないタイプのパイロットであるビリーが
ガンダムのパイロットとして選ばれるとは、皮肉な話である。
ともかく、ビリーにとっては嬉しい昇進のはずだが、ビリーにとっては嬉しさよりジオン残党への怒りが勝っていた。
――アイツらがいなければ、グレッグは死ななかった…
そもそも、オレ達が実戦に借り出される事も無かった。
アイツらさえ、いなければ…――
彼はそんな発想すら、抱くようになっていた。
ビリーは怒りに満ちていた。
ライルの祝福やニールの悔しがる声さえ、耳に入らないほどに。
技術士官からの報告も終わり、一人で移動中の廊下。
ビリーは、久しぶりにある顔と直接顔を合わせた。
「…ビリー、さん」
アヤカだ。
少尉と呼ぶな、と以前言われたことを気にしたのだろうか。無理はあったが、「少尉」呼びはやめていた。
ここで会ったのは、以前ビリーがアイソトニック飲料を取りに来た時に会った時とは違い、偶然ではなかった。
アヤカは最近ビリーの様子が変だと聞いて、心配して待っていたのだが…
「………」
ビリーは、返事すらしなかった。
「どうしたんですか、ビリー少尉…いえ、ビリーさんらしくもない」
ビリーは、正直今は一人にして欲しかった。
アヤカが何やら元気付けようとしてくれているのは何となくわかってはいたが、それすら
今のビリーにとっては鬱陶しいもの以外の何者でもなかった。
だが、アヤカはめげずにビリーに話しかけ続けた。
しかし…それはやはり裏目に出てしまった。
ビリーにガンダムが任された事を知っていたアヤカは、それを心から祝福した。だがその祝福の言葉の一説が、ビリーの気に障った。
「…きっとグレッグ大尉も喜んでますよ」
その言葉を聞いた途端、ビリーの中で何かが、弾けた。
――頭に血が昇ると、自分でも何するかわかんねぇ時がある―
今が、正にそうだった。気が付けばアヤカの軍服の襟を掴み、揺さぶり、怒鳴っていた。
「……喜んでるだと!? あの世でか!?
…いい加減なこと言ってんじゃねえッ!!」
そう言い放ち、乱暴にアヤカの身体を押し退けた。
…ビリーが冷静になった時には、アヤカは尻餅を付いて、廊下に座り込んでいた。
その眼からは、涙が流れていたように見えた。急に、罪の意識がビリーの中に沸き上がった。
「……悪ィ」
だが、今のビリーにはそれ以上の事は言えなかった。ビリーは、座り込むアヤカを置いてシミュレーターがある区画へと向かった。
…この一件以来、二人の溝は深いものとなった。
ビリーはそれまで以上にシミュレーターと訓練に没頭した。
それはニールも同じだった。
ビリーにガンダムの席を取られたと感じたニールは、彼の中に眠っていたビリーへのライバル意識を、悪い方向に再燃させてしまった。
結束していたかのように思えていた元試験隊の人員だったが…グレッグの死によって、今や心はバラバラとなってしまっていた。
一方、フリーズ・フリート本拠地のコロニー。
とある建物の、とある一室。ここは、捕虜を収容する施設となっていた。
その中の牢の一つに、あの男…バイス・シュートは収容されていた。
「おいお〜い! 何か音楽でもねぇのかよ。
一日一回はビート刻まねぇと手が震えちまうっつーの!」
…どんな状況でも、自分を曲げない人間がいる。
バイスの場合は、捕虜になろうが何になろうがずっと自分を曲げずに、この調子なのだろう。
ある意味、羨ましい人間性かもしれない。
「ったく、南極条約はど〜なってんだよぉ…
…あ、ありゃ戦時条約だっけか」
こんな調子の割には肝の据わった男で、尋問にはキッチリ耐え、重要な情報は何一つ漏らさないのだ。
考えようによっては、これ程やっかいな捕虜も中々いるものではない。
「貴官のような男が、ガンダムのパイロットだったとはな」
ガンダムのパイロットとは、どんな男なのか… 敵とはいえアルは一目会ってみたかった。
「そーだぜぇ。ま…気ィ落とすなや」
だが、会わなかった方が良かったかとも思い始めた。
正直、彼の中の白い悪魔…ガンダムのイメージがかなり崩れた。
いや、恐怖のイメージなど壊れてしまった方がいいのかもしれないが…
…しかしこれでは、これまでのガンダムに脅えていた自分が、酷く愚かに見えてしまう。
(そうか…… これまでの自分は、愚かだったのだな…)
アルは勝手に納得しつつ、気の弱そうな看守にしっかり見張れと言って退室した。
フリーズ・フリートは沸いていた。
ギガンティックの受け取り成功に続いて、ガンダムの捕獲に成功。そして、連邦軍の残党討伐隊に痛手を与えた。
デニスらに至っては、宿敵を打ち倒してもいるのだ。沸くだけの条件は、十分に揃っていた。
……そして、捕獲されたガンダムMk.M。
電撃攻撃でショートしたり、悪影響があった部分はフリートの誇る整備陣により、完全に修復された。
機構の肝心要の部分は、バイスから聞き出したという。ああ見えて、あの男は整備にも口出しし、自らも手を動かして
機体を整備するタイプのパイロットだった。
整備にもいくらかの自信があるようで、尋問はダメでもおだてて聞き出せば、ある程度の情報は引き出せたのだ。
ともかく、ガンダムはフリーズ・フリートの戦力となった。
修復に参加したダイスなどは、ジオンの宇宙一の技術力で本来の三割以上強くなった、と言っていたが
実際には大差などは無いのだろう。あと数日もあれば実戦に出せるくらいまで機体データの解析も進んでいるという。
カラーリングについては、ジオンカラーに塗ろうという提案もあったが
デニスの提案で、あえてここはソロモンの悪夢、ガトーの奪ったガンダム試作二号機に習い、縁起を担ぐ意味で再塗装は見送られた。
ハイザックなどというジオンの象徴、ザクを模倣した兵器を作って、ジオン兵の心理を逆撫でした事への報復も含まれているという。
それは、スタンにとってはどうでもいいことだった。
問題はパイロットが誰になるか、という事だった。
ブランド・フリーズ主催の、酒場で行われた祝いも兼ねた雑な会議では、パイロットには量産型ハンマ・ハンマで
オールレンジ攻撃の経験がある強化人間、ユリウスを推薦する声が多く挙がった。
「連邦の強化人間の子供が、ガンダムに乗って反連邦活動」という見出しで
アングラ雑誌などでもアピールしやすい、という理由もあったようだ。
そして、ユリウス自身もそれに乗り気だった。
「天才のこの僕に………使いこなせない武器なんて存在しませんよ。
ニュータイプなんかよりもっともっと上手にやってみせますよ!」
等と言っていた。実際、彼のその宣言でフリート内部はさらに沸いた。
だが、スタンにはそれは悲しい事に思えた。
これだけ戦力が整っても尚、子供に頼る大人達…
…そしてティターンズから救い出されたと思えば、ネオ・ジオンの手先として戦わざるを得ない状況に追いやられ
そのネオ・ジオンも瓦解。今はこんな残党という泥舟で、自分を強化人間とした連邦が作った兵器に乗らされて
政治的な意味合いまでつけられて、尚戦わされる子供。
そしてその子供、ユリウス自身も自分が戦争に利用される事を求めている。どこまでも、悲しい話にスタンは思えた。
恐らくソニアも…そして、フリートにいる人間の中には、それこそ何人もそんな考えを持った者もいるだろう。
しかし、この沸き上がった熱気はもはや大波となって、そんな人間の意見などちっぽけな枯葉のように
飲み込んでしまっていた。
「……チッ! 気に入らねェ…」
そういった思想とは別に、この熱気を気に入らない者もいた。
ガンダム捕獲作戦で、作戦立案者だったユリウス、そして果敢に連邦軍討伐隊と戦ったデニスらへの賞賛は、眩しいほどだった。
ニードルは、そういった者達に比べ…実際にガンダムを捕獲した自分達、ガザ隊への賞賛が少ないと感じていた。
正規のガザ隊でガンダムMk.Mとの戦いに参加した者は、ニードル以外は皆戦死していた。
それなのに、賞賛が少ない…
…ニードルは、自分達ガザ隊が元ジオンでも、元エゥーゴでもなく…ただのジャンク屋上がりだから、どんなに戦果を上げても
ジオン出身の連中のように、賞賛を受ける事は無いのだと、そう感じ始めていた。
――こんなとこにいても、オレらに未来はねェ
ジオンの連中にいいように使われて、死んでいくだけだ――
ニードルや、ガザ隊らの古参のフリーズ・フリートの面々は、そんな思いを日々募らせていた。
その思いがこの熱気の中、ピークに達していた。それに気付く者は、彼等自身以外の誰もいなかった。
フリーズ・フリートという組織には、小さいが確実に…修復不可能な歪みが生じていた。
…数日後。事件は起きた。
フリーズ・フリートを見限ったニードルらガザ隊が、連邦側に亡命を図った。
…アルが「見張っておけ」と言ったあの看守。実は彼もテロ屋上がりで、ガザ隊らと繋がりがあったのだ。
その看守をバイスは「オレと脱出すれば、もう逃げなくていい、むしろ功労者としていい扱いを受けれる」
などと勧誘し、しまいには連邦の討伐軍の規模がどの程度凄いものか、そしてそれはすぐそこまで迫っていて
そしてこのコロニーを見つけ出し、残党を皆殺しにするつもりだ、と……執拗に脅迫したのだ。
恐ろしくなった看守は、ガザ隊のメンバーに相談。そしてフラストレーションが限界まで溜まっていた彼等は
バイスと共謀し、連邦に亡命し、フリーズ・フリートそのものを「売る」為の下準備を行っていたのだ。
バイスさえいればガザ隊は連邦軍に受け入れてもらえると思っていたし、自分達のガザシリーズや
フリートの情報も持ち込めば、恩赦も受けられる…そんなバイスの口車に乗ってしまっていた。
バイスからすれば、要は脱出し、ハリオに戻る為の足さえあればいいのだ。
両者は利益のみで繋がった間柄だが、ここを抜け出したいという気持ちだけは一緒だった。
バイス、ニードルらガザ隊、そしてフリーズ・フリートに不安を持った者たちを集め、ガザ隊の母艦ティベ級で逃亡…
…そんな計画が、少しずつ現実味を帯びていた。
…ガザ隊は、定期的に「パトロール」と称してコロニー付近のジャンクを回収する役割を任されていた。
それだけに、港を出るのは簡単なことだった。
また「パトロールに行って来る」などと行って出航してしまい、そこから先は光信号を放って、連邦の艦に見つけてもらうのを待つ。
穴は多い作戦だが、とりあえず彼等の計画は「脱出」だけは磐石かと思われた。
だが、彼等の作戦は思わぬ形で露呈する事になった。
…逃亡直前。
仲間意識を持っていたのか。出航間近という時間にニードルは、寝床についていたドクと…スタンを叩き起こし
人気の無い場所へと連れて行き、自分達の計画を話し共に逃亡するように説得してきた。
「オレは…こんな所で、惨めな扱いされて生きてくなんて、これ以上我慢できねェ!!
テメェらだってそうだろ、ジオンに大儀だか忠誠だかを誓っちゃいねぇんだろォ!?
…オレ達と来いッ!
どうせこんな所に未来なんざねぇんだよッ!!」
「…冗談だよな、ニードル。
そうだと言ってくれ…」
そうスタンは信じずにはいられなかった。仲が良いとは言えなかったが
これまで共に戦ってきた仲間… このままでは、このニードルを…
…殺さなければならなくなる。
ドクは…何が起こっているのか、分からない様子だった。
いや、本当は分かっていたのかもしれない。しかし、認められなかったのだろう。
そんな二人の様子を見て、ニードルは悟った。
「…何だ、そうかよォ…
一瞬でも仲間だなんて思った、オレがバカだったんだなァ!! ヒャッヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
そうしてニードルは、狂ったように…今までスタン達が聞いた彼の笑い声の中で、最もおぞましい声で嗤った。
そして、何かを投げつけた。手榴弾か、と一瞬スタンは思ったが、それはスモーク弾だった。
「…うおッ!!」
「な、なんだぁぁぁ!?」
二人が煙に巻かれているスキに、ニードルはバイクで港へと急いでいた。
この説得を受け入れなかった場合…その場で二人を射殺する事もニードルにはできた。それをしなかったのは…
銃声で付近に状況の変化を気取られなくなかったからか…それとも、彼の最後の良心だったのかもしれない。
…煙に巻かれながら、スタンは今自分がすべき事、できる事を模索した。
「……クソ! なんてこった!
すぐみんなに知らせねぇと…」
「うぁぁぁぁッ!! ニィィィドルゥゥゥ!!
戻ってこぉぉぉい!!」
ドクの叫びは、ニードルに届いただろうか。
何にしても、ニードルにとってはもうドクもスタンもただの、自分達を見下してきた「ジオン」の一人でしかないのだ。
進んでしまった足を止めることは、ついに無かった。
反乱が起きた事の連絡、及び迎撃準備は、完全に後手にまわっていた。
今日の為にニードル達は、入念な事前工作を施設のあちこちに施しており、この時に至っては、その殆どがマヒしてしまっていた。
そして、ニードルらの思惑通り、何の迎撃準備も整わず…
入港の係に反乱が起きた事が伝わった時には、ティベは「パトロール」を名目に出航してしまった後だった。
「このオレ様はな…あんな所でくたばるようなタマじゃねぇんだよ…!」
ティベのブリッジにて…バイス・シュートは不適に言った。
「そして、オレ達もなァ!! ヒャッヒャヒャヒャヒャ!!」
ニードルは、全てがどうでもよくなってしまったかのように、狂ったかのように…嗤い続けていた。
「いや〜…アンタらは実に賢い!
結局世の中、力がある者が…全てを制するんだぜ。
力がある者…ま、今の世の中でいったら連邦だ! それに歯向かうなんて…無意味なことだぜぇ」
バイスは、ある程度ハリオの進行ルートを知っていた。
正確では無いが、そこから収容所の中で彼なりに予測したハリオの現在地に向け、ティベは強力な光信号を発しつつ、航行していた。
「…にしてもこりゃ、どえらい賭けだよな。実際。
追っ手の連中にオレ様達の居場所教えてるみてぇなもんだ…」
「うるせェ! 先に連邦の艦に見つけてもらえばいいんだよッ!」
ニードルは乱暴にそう言った。
「そうだなぁ…ま、ダメで元々、あんなとこでおっ死ぬよりかマシだよな」
「ヒャヒャヒャ、そういうこったァ!」
追っ手の戦艦は、まずエンドラが出航した。
次に出せる戦艦は…あの捕獲作戦の囮役から生き延びた、メーインヘイム。
つい最近まで戦闘に参加していたこの二隻の戦艦のみが、急ピッチで発進できる艦だった。
…先に出航し、光信号の発信位置へ向け、ティベを最大船速で追うエンドラ。
その艦長、ソニアの顔は暗かった。
「……ニードル…」
ガンダム捕獲作戦が成功した時の、ニードルの嬉しそうな声が耳に残った。
何故、わかってやれなかったのか… 人の気持ちを読める、そんなつもりでいた。
それでも、あの作戦…いや、スタンにユリウスの事を打ち明けたあの日以来、ユリウスの事にばかり気がいき…
結果、目を向けられなかったニードル達、ガザ隊の気持ちを汲んで他の皆とうまく共存させることができなかった。
ソニアは、自責の念に駆られていた。
そんなソニアをユリウスが叱咤する。
「……少佐! あなたがそんなことで、どうするんですか!?」
「ユリウス…
…私、どうかしてたみたいだね。割り切らないとね…」
そして、エンドラは尚、ティベを追った。
船速はエンドラの方が上だ。じきに追いつく。そして、かつての同胞を、その手で討ち取ることになる。
「…あの戦争の最後もそうだったけど…やっぱり、慣れないものだね。
かつての仲間を、討つなんてさ…」
「僕は、もう慣れっこです」
ユリウスにとっては、本当に慣れた事だった。
彼等が戦っている連邦が、そもそも彼の生みの親なのだから。
女神は、ニードルらに微笑んだ。
ハリオは補給を受けつつ残党の行方を追っている内に、フリートのコロニー近くまで辿りついていたのだ。
その航行地点がバイスが予測した地点と丁度…
「…ビンゴォ!! アイツはハリオだぜぇ!!
オレの船だぁ、オレ様の船だァ!!」
バイスは、狂喜乱舞した。そして、自分には幸運の女神がついている、と確信した。
ハリオ側もティベの強烈な光信号をキャッチ。その信号をキャッチしたハリオは…
…ガンダム捕獲作戦の一件で懲りてはいたものの、確かめないわけにもいかず、接近した。
そして通信可能範囲内に入った時…ハリオのブリッジに、彼等にとっては聞き慣れた声の、通信が入ってきた。
『こちら、バイス・シュート! お久しぶり皆さん!』
ブリッジは沸き返った。ハリオも、ティベもだ。
ハリオのブリッジでアヤカが、驚きと感嘆の声を上げた。
「バイス中尉、よくぞご無事で…」
『な〜に、オレ様はあんな所でクタバるようなタマじゃねぇんだよ!
…ただ帰ってきただけじゃねぇぜ。ジオンが嫌になった残党のお友達と、残党組織の情報…
……それに、オマケでヤツらのモビルスーツまで持ってきたぜ』
おお、とハリオはさらに沸いた。
そしてバイスと亡命者達は、フリーズ・フリートについて知っている情報を全て暴露した。
それこそ、彼等の使う通信回線や、拠点であるコロニーの位置までも…
『…で、こーしちゃいられねーんですよ、隊長。
追っ手はすぐに来ますぜ。そちらも速く迎撃準備をした方がいいです。
こちらでも、持ってきた機体受け入れしやすいようにパイロット乗せときましたんで』
それまでブリッジクルーやハワード艦長に向けて喋っていたバイスが、ブラッドに向けて話し出した。
「……ご苦労。それで、情報は全てかね?」
『いや、まだまだ引き出せますね。この感じだと』
「そうか……まぁ、今の情報だけでも十分過ぎる程だがな。
……それで、ガンダムは取り返せなかったのだな?」
『へへへ、流石に逃げるのに必死でそこまでは…』
「そうか……」
そのブラッドの声は酷く冷たい、感情の無い声にバイスには聞こえ、一瞬背筋が凍った。
何故だかバイスにはわからなかったが…次の瞬間、嫌でも思い知らされる事になった。
ハリオのメガ粒子砲台の砲口が光を持った…とバイスが感じた瞬間、ティベのブリッジは焼き尽くされた。
…ハリオのメガ粒子砲が、ティベのブリッジに直撃したのだ。
ティベはブリッジに直撃を受け、じわじわと船体も爆破を始めようとしていた。
「な……何故です!? あの戦艦にはバイス中尉が…」
思わず、アヤカが叫んだ。やっとの思いで脱出してきたんだろうに、あまりに酷すぎる。
そんな混乱するアヤカに、ブラッドは言い放った。
「敵にみすみすガンダムを奪われるようなゴミなど……我が部隊には必要ないッ!」
さらに意見しようとしたアヤカを、隣の302部隊に古くから所属しているオペレーターが止めた。
「…最初あの艦にバイス中尉が乗ってるのが確認された時に、中佐が砲座の人間に命令してたんだ。
……必要最低限の情報を聞き出したあと、ガンダムを回収できていなかった事を確認したら…消せって」
「………」
アヤカは絶句した。そして、このブラッドという男の恐ろしさを、改めて実感した。
その間にも、ブラッドは続けていた。
「バイスの連れて来たゴミどもも同様だ……残党は一人たりとも生かさん!」
やはりこの男は、残党を皆殺しにするつもりだったのだ。
…ブリッジは、先程とはうってかわって静まり返っていた。
「クククク…バイスのことなど最早どうでもいい。
今は亡きバイスを追って、残党どもが来るぞ……」
ブラッドはそう言うと、モビルスーツデッキへと向かっていった。
今度は、彼自身も出撃するつもりなのだ。
…フリーズ・フリートは、完全に後手を踏んでいた。
エンドラがその場に到着した時には既にティベは轟沈、そこにはハリオが待ち受けていた。
ソニアは、ティベの残骸を確認すると、即座に命令を出した。
「ティベが…
…総員対艦戦用意!!モビルスーツ隊も即座に展開!」
『…準備、できてますよ!
モビルスーツ隊、発進します!』
準備のいいユリウスは、既に何時でも出撃できるように準備していたのだ。
ユリウスらモビルスーツ隊はユリウスの量産型ハンマ・ハンマ以外はガルスJ、及びズサで編成されていた。
出撃したユリウスの量産型ハンマ・ハンマ率いるモビルスーツ部隊は、ハリオを沈めるべくその
メガ粒子砲の火線をかいくぐりつつ、接近を試みた。
しかし、向こうの方が準備は早かった。
ハリオからは、ブラッドのガンダムMk.N率いる部隊が、既に出撃していたのだ。
ガンダムMk.Nのコクピットの中、敵モビルスーツの反応を確認したブラッドは
久々のモビルスーツ戦の感触を噛み締めるように…敵に向けてか、こう言い放った。
「…さぁ!! どう料理して欲しい!?」
まず最初に撃墜された一機は…突如、彼等の目の前で爆発した。
恐らく、何があったのか、何に倒されたのか、全く分からないうちに撃破されたのだろう。
「な…なんだ!?」
隊員の一人が言ったように実際その一機が撃破された際、そのズサがどのように撃破されたかは
ユリウス以外の誰にもわからなかった。
だが、ユリウスにはわかった。これはサイコミュ兵器。それも、ガンダムMk.Mや量産型ハンマ・ハンマに搭載されてるものとは
性能がまるで違うものだと、そこまでユリウスは見抜いた。
だが、見抜けただけで、だからといって他の隊員の機体を助けることができるわけでも、対策が見つかったわけでも決してなかった。
「ま、待ち伏せか!?」
「違います、アレは、サイコミュ兵器…」
そうユリウスが言うのと同時…ユリウス隊の目の前には「地獄」が広がった。
ビームの光がユリウス隊を包むように、次々と飛び交った。
それは、Mk.Nに搭載された進化したインコム・システムによる攻撃。
かつてエアーズにて、連邦討伐隊が見た悪夢が、今、この場で再現されていた。
神出鬼没のビームの光。Mk.Mとは違い二基搭載されたそれは正に圧倒的な兵器だった。
そのビームの光のショータイムが終わった時、彼らのモビルスーツ隊はもはや、ユリウスの量産型ハンマ・ハンマしか残ってはいなかった。
「この早さで…こんな、こんな事が」
驚愕しているユリウスの前に、ようやく「それ」は姿を現した。
…身体に白いイレズミをしたような、青く、無骨なモビルスーツが、ユリウスの目の前に。
そのモビルスーツの顔を見て、ユリウスは言った。
「う…… これは…ガンダム!?」
一見、それはガンダムには見えなかった。しかし、それは確かにガンダムだった。
そのガンダムらしからぬガンダムの背中に、サイコミュ兵器…インコムが収納された。
それと同時に、蒼いガンダムの両眼が青白く、不気味に光った。
「…サイコミュを収納した…?
…それを使わないで勝つ気なのか!? 僕を甘く見るな!!」
同じ、サイコミュを使った機体…それで負ける事は、ユリウスのプライドが許さなかった。
既に、撤退を促す命令は出ていた。しかし、それはできなかった。
背を向ければ、確実にやられる…… 強化人間の本能が、そう告げていた。
一方…爆破するティベの中から、ガザ隊の中で奇跡的に脱出を果たした機体が数機あった。
バイスの提案で、コクピットの中にいなかったら…今ごろ、ティベと共に宇宙の塵だ。
ティベの残骸に紛れ、ガザ隊の生き残りは息を殺していた。
…しかし、彼等にはもう逃げ場も無い。戻るも地獄、進むも地獄だ。
「チクショウ……クソがぁッ!!」
生き残ったガザ隊の中には、ニードルのガ・ゾウムもいた。
一瞬見えた桃源郷…それすら消え去ってしまった。もう、どうにもならない事を彼は理解した。
「ヒャヒャヒャヒャヒャ… ヒャッヒャヒャヒャヒャ!!」
ニードルは…もうどうしようもない自分自身の境遇を嗤った。そして…
「ヒャッヒャッヒャ! ヤローどもォ!! あの連邦のクソ戦艦を…ぶっ殺しちまおぉぜェッ!!」
その言葉を合図に、ガザ隊の生き残りは全機、ハリオに突撃を試みた。
「……艦長! ティベ級の残骸から、モビルスーツが!」
「…対空砲火ッ!」
ハリオに向かって行ったガザ隊の生き残りはハリオの対空レーザー砲を受け、次々と墜とされていった。
…しかし、ニードルのガ・ゾウムだけは…執念か。それとも技術か。
ガ・ゾウムは、ブリッジ付近まで辿り着いた。
「ヒャッヒャヒャヒャヒャ!! ぶっ殺してやるぜェ!!」
…ハリオのブリッジクルーは、その瞬間、絶望した。
ブリッジにハイパーナックルバスターの銃口を向けるガ・ゾウム…ニードルの執念が、どうにもならない運命に一矢報いたかに見えた。
…だが、ガ・ゾウムがたった今ブリッジにビームを叩きこもうとしたその時……ガ・ゾウムを、何かが襲った。
まずハイパーナックルバスターが破壊され、次に腕、脚と次々と、ガ・ゾウムは見る見るうちに損傷を受けていく。
その中で、ニードルの思考は一瞬冷静になった。
「こ、この攻撃……ガンダムかァ!?」
…間違いない。ガンダムと最初に戦った時に受けた、あの…
そう認識した直後、ガ・ゾウムを衝撃が襲った。
白いモビルスーツがガ・ゾウムを蹴りで弾き飛ばしたのだ。
「…がァ!!」
つい先程までブリッジの眼前にいたガ・ゾウムは、弾き飛ばされ…
そのまま対空レーザー砲の射線上に乗り、レーザーに貫かれ、爆散した。
「ザコが付け上がるからだ……思い知ったか!」
ハリオの窮地を救ったのは…ビリー駆るガンダムMk.M。
あの、ブリッジを眼前にした敵への、巧妙なオールレンジ攻撃。
幾度もの訓練とシミュレーションを重ね、既にビリーはガンダムMk.M…
…そして、インコム・システムを自分の手足同様に使いこなしていた。
ブリッジからは……あの恐ろしいガ・ゾウムは消え、代わりに白いモビルスーツが、彼等にとっては頼もしい姿を見せていた。
「ビリー少尉…」
アヤカが、ブリッジから…そのガンダムの姿を見て、呟いた。
その白いモビルスーツは当然返事もせずに、敵へと向かっていった。
…フリーズ・フリート側は窮地に立たされていた。
先行したエンドラのモビルスーツ隊は、ユリウスを残し全滅。
護衛機を失ったエンドラは、ヌーベルジムLらモビルスーツ隊からの攻撃に晒されていた。
「ここを何とか……耐えるしかない!」
ソニアの決意は固かったが、対空砲座が付いていないエンドラでは、とてもモビルスーツ数機を迎撃するなど、ままならなかった。
「このままでは沈みます! 艦長!
ここは退きましょう!」
「ダメだ、まだユリウスが……」
その頃…ガンダムMk.Nとの戦闘に突入していたユリウスの量産型ハンマ・ハンマもまた、死の淵に立たされていた。
量産型ハンマ・ハンマの虎の子、有線制御式ビーム砲は、戦いの序盤にてそのコードを蒼いガンダムのビームサーベルによって断ち切られ
ユリウスは有効な攻撃手段を失ってしまった。
「この僕が……!?」
ユリウスは、動揺していた。
「こんなバカなことがあるもんかッ!!」
認められなかった。誰よりも自信があったサイコミュ制御…それを、こんなやられかたで…
だがブラッドは、ユリウスにショックを受ける暇など与えなかった。
機体にビームサーベルを抜刀させ、攻撃手段の無くなった量産型ハンマ・ハンマに向かっていく。
「…クソ!」
逃げるしかない、しかし…ガンダムMk.Nの機動性は、量産型ハンマ・ハンマなど問題にならない程高かった。
それは、現在機体背部に接続されている、大出力スラスターと兼用になっているシールドに寄る所が大きい。
量産型ハンマ・ハンマはすぐに追いつかれ……残った左腕で咄嗟にビームサーベルを抜き応戦しようとしたが、間に合わなかった。
ユリウスの機体は、ガンダムの斬撃を受けた。
全てが終わった…ユリウスはそう思ったが、まだ終わりではなかった。
今の斬撃は、ハンマ・ハンマの残った左腕を斬り落としただけのことだった。
とにかく、ユリウスの量産型ハンマ・ハンマは全推力を使って蒼いガンダム…ガンダムMk.Nから逃れようとした。
しかし、Mk.Nは容易く追いつき……今度はその両脚部を、サーベルで二本同時に叩き斬った。
「…………!」
その時、ユリウスは理解した。あの蒼いガンダムのパイロットが、何を考えているのかを。
まずは機体の四肢を奪い、スラスターを破壊し…
そして、何もできなくなった相手をじっくりと「料理」する……これがあのパイロット…ブラッドのやり方なのだ。
蒼いガンダムの手が……ユリウスの、残骸になりかけの量産型ハンマ・ハンマの機体に触れる。
同時に、敵のパイロットから通信が入った。接触回線によるものだ。
『…どんな死に方が好みだ?』
そのパイロットの、低い声で発せられた言葉から明確な殺意と、こちらに恐怖心を与えようという意思、そして無機質な…
…敵を苦しめ、殺すことに何の躊躇も感じない精神を、強化人間であるユリウスは敏感に感じ取り、戦慄した。
『……リクエストにはお応えするぞ!』
瞬間、ガンダムが、量産型ハンマ・ハンマの残った胴体を蹴りつけた。
その衝撃でハンマ・ハンマの機体は後方に弾き飛ばされ、背後の岩石の一つに激突し
その衝撃で、背部スラスターも破壊された。
その間コクピット内は揺れに揺れ、ユリウスの小さい体は、その中で哀れにも激しく揺さぶられた。
揺れが収まると、ユリウスは自分が震えていることに気が付いた。
それでも、視界は逸らさない。全天周モニターに移った、蒼いガンダムの目…カメラアイが、青白く光った。
ガンダムの顔……そのガンダムは、ガンダムとしての特徴を捉えながらも、他のガンダムとは一線を画す
一切の感情の介在を許さぬ――機械に感情などあるわけは無いので当然なのだが――無機質な顔をしていた。
そして先程ガンダムのパイロットの声から感じ取った殺意と、視界に移る無機質なガンダムの顔が重なり
これまでの短い人生で感じたことも無いような恐怖が、ユリウスを襲った。
『……どうした、何もできんか』
そして…昆虫をいたぶり飽きてあっさり殺してしまう猫か何かのように…
ブラッドは、ユリウスに止めを刺そうとしていた。ガンダムMk.Nの、ビームサーベルの光が見える。
もはや、ユリウスには何もできることは無かった。ただモニターから、自分を喰らおうとする蒼鬼を見ながら
何もできず、喰われるのをただ待っているかのような状態だった。全身の筋肉が硬直し、ユリウスの眼からは
気がつけば涙が溢れていた。恐怖からか…
『……冥土の土産に教えてやろう。
貴様等の巣…本拠地は、貴様等の中の裏切り者の手によって、既に我等の知る所となった。
…安心しろ、貴様の仲間も……すぐ貴様の後を追う事になる……』
ユリウスは絶望した。そのユリウスに対しブラッドは一切の情けも無く、止めの一撃を振り下ろそうとしていた。
『…ククククッ! 絶望に慄くがいい!!』
ブラッドのその声も、ユリウスには…蒼鬼、ガンダムMk.Nそのものが言っているようにすら見えた。
自分は、この蒼鬼に喰われる…ユリウスは、自らの死を覚悟した。
…その時。ビームが奔った。
「………何だと!?」
間一髪。ビームを避ける為、ガンダムMk.Nはハンマ・ハンマの機体から離れた。
駆けつけたのは、メーインヘイム隊のモビルスーツ隊。
ユリウスを助けたビームは、ゾディ・アック量産型のメガカノン砲だ。
推力の低いメーインヘイムでは間に合わないと判断した彼等は、推進剤を大量に消費するのも厭わず早い段階で出撃していた。
機動力、推力の高いゾディ・アック量産型やガザWを筆頭に、ブースターを備え付けたグザ、そしてこの中では推力に劣るギャン改は
量産型ゾディ・アックにしがみつく形で運ばれていた。
「……ユリウス!!」
…量産型ハンマ・ハンマの惨状を見て、スタンは驚愕した。
その達磨のようになって、身動き一つ取れないでいる姿は……悲痛そのものだった。
「スタン中尉! 突出し過ぎだ! ヤツは一筋縄では…」
アルの制止も、今のスタンには聞こえなかった。そして、デニスが叫んだ。
「…ソニア! オレ達で時間を稼ぐ、その間にエンドラは逃げろ!!
ユリウスはオレ達に任せておけ! 必ず生きて返す!!」
ソニアは感謝したが、エンドラもそう簡単に逃げれそうにはなかった。
『感謝する…でも、エンドラの周りにジムどもが』
「…ドク!!」
「まっかせぇぇなさぁぁいィ!!」
デニスの命を受け、量産型ゾディ・アックはエンドラに群がるヌーベルジムL部隊の掃討へ向かった。
ともかく、スタンは突出し、ユリウスの救助へ向かった。
「クソ、なんてやり方しやがる…!」
量産型ハンマ・ハンマだったはずの達磨をガザWが抱えた。
「……ユリウス!! 無事か!?」
「……………」
返事は無かった。しかし、震えて、泣いているのがわかった。
ユリウスの精神は死の恐怖に苛まれていた。
…ユリウスの命の危機を、スタンが救う…… かつて、スタンがユリウスの声を初めて聞いた時とは、逆のシチュエーションだった。
そして、ユリウスの元に辿り着いたのも束の間…
…目の前には、ユリウスの隊をたった一機で壊滅させたガンダムが、待ち構えていた。
「…フン、潰しても潰しても湧いてくる…
……正に、ゴミ虫そのものだな!」
ブラッドにとっては、フリートの増援など、今言った以上の意味など無かった。
ともかく、先手必勝…スタンのガザWはビームサーベルを抜き、ガンダムに斬りかかった。
「この距離だ! 逃げられんだろうが!」
それは、スタンの経験による判断だった。この距離なら、先に接近戦武装を展開した方が勝つ…
…しかし、そのガンダムの性能はこれまでのスタンの経験を超えていた。
その斬撃は、ガンダムMk.Nのその圧倒的な推力を持つスラスターの噴射により、いとも容易くかわされた。
「チッ、何て機動力だ…」
だが機動力だけなら、ガザWだって負けてはいない。
――今は、ユリウスを助けるのが先決だ!
そしてガザWは、量産型ハンマ・ハンマの胴体を抱えなおし、何とか後退を試みた。
こういう時ばかりは、変形機構無しでの高機動を実現しているガザWが有難かった。…しかし、それを許すブラッドでは無い。
「……うるさく飛び回るハエは早めに駆除せんとな!」
ブラッドは機体にインコムを射出させ毒蛇のように操り、撤退を試みたガザWにインコムによるビーム攻撃を浴びせる。
その攻撃は、ガザWの左脚部に直撃した。
「クソッ……」
左足をやられバランスを崩すガザW。当然、単純なスピードもかなり落ちる。
そこに、あの圧倒的推力を誇るあのガンダムが…追いかけてきた。
「オレも嬲り殺しにするつもりか…!?」
その時、ガンダムの進行方向に二条のビームの光が牽制として撃ち込まれた。
アルのグザの、腕部内臓式のビームガンの攻撃だ。
「………クッ!」
それを避ける為、ガンダムは軌道を変更した。そしてブラッドは毒づいた。
「…小賢しい真似を!」
「………戦況は劣勢なり!我突撃を敢行す!」
牽制射の後アルはそう叫び、グザを蒼いガンダムに向けて突進させようとしていた。
「……アル!!」
思わずスタンが叫んだ。それに応え、アルもまた叫んだ。
「…行くのだ、スタン少尉! その機体なら…」
「アル、お前……死ぬ気か!?」
「……行けッ!」
アルは囮となってスタンらを逃がそうとしているのだ。
ガンダムに恐怖を抱いていた、かつてのアルならば絶対にしなかった行動だった。
「……すまねぇ!」
そう言って…スタンはガザWを奔らせた。
「フン…… ゴミの分際で前に出るとはな!」
そう言い、ブラッドはガンダムMk.Nの両肩のマイクロ・ミサイルランチャーをグザに向けて開放した。
数発のミサイルはすぐに爆発し、その中に内蔵されていた無数の小さな鋼球が、グザを襲う。
グザはその鋼球の雨にモロに飛び込んでしまった。それによりダイス特製のブースターユニットは爆発してしまったが
グザ本体はその重装甲で、なんとか持ちこたえた。
「我損害を被れり!…しかし戦闘に支障はなし! 」
何とか、時間を稼ぎたい。少しでも、皆が撤退できるだけの時間を…
孤軍奮闘するアルに、デニスからの支援は無かった
無論デニスとて、アルの支援に向かいたかった。
だが、デニスは復讐に燃えるビリーのガンダムMk.Mによって足止めを喰らわされていた。
「グレッグの仇め…」
その騎士の甲冑を模したギャン改の…ビリーにとってはこれ以上なく憎たらしい姿を見ながら
ビリーはこの機体だけは自分の手で仕留める、と決意を新たにした。
「お前だけは…生かして帰すものかよ!!」
「貴様にかまっている暇などない! 先に仕留めてやる!」
幸い、ここにもデブリが多くある。デニスにはやりやすい環境だ。
しかしギャン改はデブリを活かして接近を試みるものの……機動性の差か、攻撃は当たらない。
「…おいおい! そんなもんが当たると思うか!?」
絶妙な間合いを空けつつ戦闘を展開するガンダムMk.Mには、ギャン改の大剣は届かなかった。
「…チッ! ハンパな間合いに」
これでは埒が明かない。そう判断したデニスは、シールドミサイルで牽制をしつつ距離を開け
再びデブリに紛れようとした。だが…
「そこだな……墜ちろ!」
「……!?」
そこに、別角度からビームが飛んできた。インコムの攻撃だ。
隠れたつもりでも…オールレンジ攻撃のインコムには、基本的に死角が無い。
「チッ…このガンダム…前のアマチュアとは一味違うな…!」
デニスにもそれがわかった。
……復讐の怒りに燃えながらも、ビリーの思考はあくまで冷静だった。
幾度となく繰り返した、暗礁宙域でのインコムのシミュレーションが活きていた。
最初からインコムなどあてにしていなかったバイスやコルトと違い、インコムを中心に
シミュレーションを重ねてきたビリーは既にインコムを有効に使うことを覚えていたのだ。
これこそがこの「ガンダムMk.M」の性能を活かすということなのだろう。
視認範囲に入りながらも距離を絶妙に保ち続け、ギャン改の大剣の攻撃範囲には入らない距離から攻撃を続ける。
デニスには、その攻撃方法がひどく挑発的なものに見えた。
怒りに震えるデニスだったが、その動きは既に完全にビリーに見破られていた。
ドクもまた、苦戦を強いられていた。
エンドラを集中攻撃の手から引き剥がす事はできた。
彼の乗るゾディ・アック量産型は対艦戦向けに調整されている機体であり
その上今は数に勝る敵モビルスーツ隊が相手なのだ。不利は否めない。
ガザ隊らの援護の有難みを、ドクは失ってはじめて実感した。
特に…ニールの駆るバージム――元はビリーが使っていた機体だ――の執念は凄まじく
バージムとヌーベルジムLの混成部隊はゾディ・アックに攻撃の暇すら与えなかった。
「その程度で逃げてるつもりか!?
…今、地獄へ送ってやる!」
ニールはそう言って、ビームライフルの引き金を引いた。
その攻撃は避けたドクだったが、その軌道上にまた別のヌーベルジムLからのミサイルポッドの射撃が飛び込んできた。
その攻撃にまともに被弾し、ゾディ・アック量産型は損傷を受ける。
「…囲まれちまうよぉぉぉぉ!」
ドクは叫んだ。ゾディ・アック量産型とて、ここまでの数の差を覆すのは容易なことではない。
一方、アルの自らを犠牲にした行動によりガンダムMk.Nの魔の手から逃れることに成功したスタンら。
加速に支障をきたす量産型ハンマ・ハンマの残骸は放棄され、ユリウスはガザWのコクピット内に収容されていた。
「ユリウス、無事か!?」
「……はい、何とか…」
それが、今のユリウスに答えられる精一杯だった。
その二人が乗ったガザWを…ビームの射撃が襲った。間一髪、ガザWはそれを避けた。
「チッ…! 流石に見逃しちゃくんねえかい!」
ガザWを狙った敵機は…サブフライトシステム、ベース・ジャパーに乗った、コルトのシュツルム・ディアスだった。
ベース・ジャパーの推力は、手負いのガザWを上回っていた。このままでは追いつかれる。
…追っ手のその赤い機体を確認したスタンは、思わず毒づいた。
「またあの赤いのか、不死身かよ!?」
その赤い因縁の機体、シュツルム・ディアスはグライバインダーをガザWに向け、尚も追跡してきた。
「ク……クソォォッ!! 墜ちろ! 墜ちろォーッ!」
…コルトは、自分の射撃の腕に自信があった。
その上、今回は自分に合った支援用モビルスーツでの出撃なのだ。一撃で仕留める自信が、彼にはあった。
なのに、初撃が避けられた……その事実が、彼を慌てさせた。
「……右に避けてください!」
ユリウスが叫んだ。その指示に従い、右方に避けたガザWはまたしても間一髪、ビームキャノンの光を回避した。
「……ッ! 正確な射撃だ…」
ユリウスの助けがなければ、確実に撃破されていた。
この相手から逃げ切るのは、難しいだろう…
「ここを切り抜けるには………コイツを倒すしかないようだな!」
スタンは覚悟を決め…シュツルム・ディアスと正面から戦うことを決意した。
逃げるガザW。追うシュツルム・ディアス。
その構図が、スタンがとった行動により一瞬で変化した。
「…こっちも命懸けだ! 悪いがやらせてもらうぜ!」
スタンはガザWのスラスターを一瞬弱め、速度を殺した。
「……何だ!?」
ガザWに向け、三度目の射撃を行おうとしていたコルトは、敵の行動の変化に、一瞬対応が遅れた。
スピードを緩めたガザWに…減速が間に合わなかったベース・ジャパーに乗ったシュツルム・ディアスが接近する。
「チ…畜生!!」
その時の二機間の距離は、ガザWのナックルバスターの射程範囲内でもあった。
…そして次の瞬間、二機の間にビームの光が交錯した。
シュツルム・ディアスが発射したビームピストルのビームは、ガザWの左腕をシールドバインダーごと吹き飛ばし
ガザWのナックルバスターの光は、シュツルム・ディアスの動力部を貫いた。
「……!?」
シュツルム・ディアスは、ロングショットの異名で呼ばれた遠距離戦のスペシャリストの命を道連れに、今度こそ爆散した。
ガザWもまた、左の熱核ロケットエンジンを破壊され…左肩は爆発を起こした。
しかしその直前に左腕を切り離すことに成功していた為本体に誘爆はせず、運良くスタンもユリウスも生き残ることができた。
「今回は…… オレの方が、運が良かったみてぇだな…」
スタンが呟いた。天運が、彼にユリウスを守れと言っているようだった。
戦闘宙域からガザWが離脱した事をアルが確認した時…
…アルのグザは、その機体を爆発させようとしていた。
……アルは、機体性能が圧倒的に勝っている敵に対し、果敢に戦った。
善戦した、といっていいだろう。しかしアルのグザは結局蒼いガンダムに攻撃を当てることすらままならず…
ユリウスの量産型ハンマ・ハンマのように…いや、それ以上に翻弄され、弄ばれ…最後はビームライフルの直撃を受けたのだ。
「ここまでか…」
アルは、コクピットの中から愛機、グザの核融合炉が誘爆するのがわかった。
「…我、ここに自らの敗北を認める…
……さらば、同志よ…ジーク・ジオン」
そう言い終えるのを待っていてくれたかのように……グザは、アルの遺言を聞いて…
…そして、爆発した。
「…たかがハエとはいえ、一匹一匹潰していくのはなかなか面倒だな………」
ブラッドにとっては、一生をジオンという祖国に捧げ、その祖国の罪すら背負い、ただひたすら祖国に殉じた兵士の一生も
ハエの一生も同じようなものだった。
もしこの言葉がメーインヘイム隊の男たちの耳に聞こえていたら、彼らは怒りに打ち震えただろう。
アルの機体の信号が消えたのは、デニスからも確認されていた。
そしてデニスは、同志アルを失った悲しみを振り払うように…自分に改めて言い聞かせるように、叫んだ。
「弱肉強食……それが、戦場の掟だッ!!」
それでも尚、距離を置いて攻撃してくるガンダムMk.Mに決定打を与えることはできない。
デニスの怒りをこめた大剣は、空しく宙を斬るだけだった。
「この程度か…!」
その様子を見て、ビリーが言った。倒せる。グレッグの仇を…
ビリーは手応えを感じていた。
そして尚もガンダムMk.Mに立ち向かうデニスに、ソニアからの通信が入った。
『…デニス!! 撤退だ!
ドクも撤退を開始している…』
「バカな!! こっちはアルがやられてるんだ!!」
デニスの怒りは収まらなかった。
『……デニス! 怒りだけで勝てると思うか!?
冷静になって状況を考えてみろ!』
「…うぉぉぉぉ!!」
漆黒の暗礁宙域で、デニスは咆哮した。
そして…彼もまた、撤退を開始した。
「……逃がすものかよ!!」
『………待て』
逃げようとするギャン改を追おうとするビリーを止めたのは、ブラッドからの通信だった。
「……中佐、何故です!?」
ビリーは乱暴に聞き返した。仇を目前にして…
『……フン。まぁ落ち着くのだな…
どうせあのゴミどもは本拠地すら知られた身だ。ここで深追いする必要は無い……』
「……しかし!!」
『…我々にはまだ部隊を再編成する余裕がある。戦力も大分、削がれた所だからな…
……どうだ。あのゴミどもを嬲り殺しにできるのだぞ?』
ブラッドのその言葉に、ビリーは答えなかった。
『………フン』
ブラッドは構わず、通信を切った。
そして、コルトのシュツルム・ディアスの反応が無い事を確認し、呟いた。
「……「ロングショット」も地に墜ちたものだ」
それが彼の古くからの部下への、彼の餞別の言葉だった。
「……まぁいい。
これから、楽しめそうな余興が…始まるのだからな」
そう言って…クククッ、と喉を鳴らし嗤った。
再編成した302部隊の総力をもって、フリートのコロニーを制圧するつもりだろう。
そして……その後、彼の残虐な本性は露にされるのだ。
…フリーズ・フリートは、最大の窮地に立たされていた。