ジュナス篇N
その頃。
マリアは、通路を駆けるクレアを必死に追っていた。
「どこ行くんですか!?」
息を切らしながら、マリアは尋ねる。
「決まってるでしょ!パメラのところよ」
「行ってどうするんですか!」
「行ってから考える!」
マリアは、無力だと思った。
自分のことではない。
クレアのことでもない。
言葉のことだ。
いま、この状況下において、言葉は無力だと感じたのだ。
だから、彼女は、クレアを追い抜き、彼女の前に立った。
クレアは、思わず立ち止まる。
「どいてよ、マリア!」
(…だから、いま、私は、一言だって喋るものか!)
クレアを止めるために、彼女は無言でクレアの前に立つ。
若干の静寂の後、クレアの糸は切れた。
「分かった…、頭冷やす…」
息を吐きながら、クレアは言った。
「落ち着きましたか?」
「…ちょっと、ね」
「じゃ、パメラさんのところに行きましょうか」
「え?」
「お尻引っぱたいてあげないと」
「いやいやいや、マリア、あんた、私を止めようとしてたんじゃないの?」
「止めましたよ?」
「いや、そうじゃなくて…」
クレアは頭を振る。
「あのまま行くのが、駄目だと思ったんです。落ち着いたなら、大丈夫ですよ」
マリアはそう言って笑うと、パメラの部屋の方へと歩き始めた。
「…何つーか、強いね。マリアは」
クレアはそう呟いた。
ほどなくして、二人は、パメラの部屋の前に到着する。
「お人好しですよね」
「え?…そうね…」
マリアがそう呟き、クレアが同意した。
「何で私ら、こんなことしてんだろ…」
「死んで英雄と言われるより、生きて馬鹿だと言われよう、ってことですよ」
「それってちょっと意味が違うんじゃない?意図は分かるけど」
二人は、部屋で寝入っているパメラを、外から呼び起こす。
そして、パメラを勇気付け、彼女をジュナスの部屋へと走らせることに成功した。
うまく行くと思っていた。
確かな手ごたえがあった。
だから、マリアもクレアも、そしてミリアムも確認しなかった。
二人の思いが遂げられたかどうか、確認しなかった。
そこには、二人の抱き合うところを見たくないという気持ちも、僅かながらあったろう。
後はジュナスとパメラの二人に任せよう、という気持ちも、あったことだろう。
いずれにせよ、彼女たち三人は確認しなかった。
2月14日、バレンタイン・デイ。
この日、ジュナス・リアムとパメラ・スミスの想いは、ニードルという名の男に、ぶち壊されることになる。
ジュナス篇O
決して、居心地のよい話ではない。
簡略に彼の行ったことを示そう。
ニードルは、まず、ジュナス・リアムに会った。
ミリアムの説得により、再度、パメラの部屋へと向かったジュナス。
ニードルとジュナスは、その途中の通路で出会ってしまった。
「見逃してくれないか。パメラのところに行きたいんだ」と懇願するジュナス。
ニードルは察した。
深夜の一軒は、ニードルの耳にも届いていたからだ。
彼は言う。
「お前、何言ったんだ?パメラの奴、もう顔も見なくないって言ってたぜ」
信じるに足らない言葉。
…そのはずだった。
だが、ジュナスは、自分が、パメラに酷いことを言ってしまったという後悔があった。
その後悔という感情と、「もう顔も見なくない」という言葉が結びついてしまった。
ジュナスは、部屋へと、引き返してしまう。
ジュナスの去っていく後姿を見て、ほくそ笑んでいるニードルの背後に、今度は、パメラが現れた。
タイミング悪く、ちょうどパメラが現れた瞬間に、ジュナスは曲がり角を曲がり、その姿が見えなくなっていた。
パメラは、ニードルに言う。
「見逃してくれませんか…ジュナスさんに…」と。
ニードルは、鼻で笑いそうになる。
(二人して、同じこと言いやがる…)
だから、ニードルは、こう言った。
「パメラ、お前、何したんだ?ジュナスの野朗、かなり怒ってたぜ?」
取るに足らない言葉。
パメラは信じなかった。
信じたくなかった。
マリアとクレアに勇気付けられたはずなのに。
(やっぱり、怒ってるんだ…)
もう、駄目なんだ…と、パメラは思ってしまった。
もう、どうにもならないんだ…と。
パメラは、自分の部屋へと駆け戻ってしまう。
ニードルは、高笑いしたい気分だった。
(ざまぁみろ!)
彼は、屈折した満足感に浸っていた。