マーク篇F




キリシマ嬢を探すものの、その姿を見つけることが出来ず、マークは焦っていた。
(俺は馬鹿だ…くそっ)
探せるところは全て探した。
でも見当たらない。
途中、自室謹慎中のジュナスの部屋近辺でミリアム・エリンと会い、
「あっちに走っていきましたけど」
と言う彼女の言葉を信じたが、見つけることは出来なかった。
最後の可能性。
彼女の自室だ。
マークは覚悟を決めると、キリシマの部屋へと向かった。

そして、いま。
彼はキリシマ嬢の部屋の前に立っている。
部屋の中からは気配がしている。
彼女は間違いなく部屋の中にいる。
深呼吸一つして、彼は扉を叩いた。
「キリシマ、俺だ」
「…」
「さっきは、悪かった。謝って済むことじゃないのは分かっている。今日がバレンタインだと言うことが意識になかった」
「…」
「…本当に、すまなかった」
そこで扉が開く。
泣きはらした表情でフーロレンス・キリシマは立っていた。
「…受け取ってくれる?」
「あぁ、でも」
「気持ちに応えることはできない、でしょ」
オネェ言葉になることもなく、お嬢様言葉を意識することもなく、キリシマは自然に話をしていた。
「…え」
「知ってます。あなた、結婚していたんでしょう」
フローレンス・キリシマは知っていた。
だからテンションを無理くり高めて、似合わないドレスを着て、押し通そうと試みたのだ。
「…どうして」
「分かっています。分かっていますから…」
そう言って俯いた彼女の目に、涙が溜まり始める。
「分かっていますから、行ってください。私、これから、泣きます」
ぐっ、とマークは言葉を飲み込んだ。
かける言葉も見つからず、その場に立ち尽くす。
マークは結婚していた。
その女性の名は、ラビニア・クォーツ。
既にこの世には、いない。
「やっぱり、勝てませんでした…」
フローレンス・キリシマは、そう呟いて、自動扉センサーの認識を外すために一歩下がる。
「では」
そして、扉は閉まった。
マークは、未だその場に立ち尽くす。
拳を握り締め、まぶたを強く閉じる。
妻を失った悲しみから、彼は、あえて、女性から自分へと向けられる好意の気持ちに気がつかないようにしてきた。
いや、気がつかない振りをしてきた。
二度と、あんな気持ちは…。
(ラビニア…俺は、)
まぶたの裏に写る彼女は、何も応えてはくれなかった。



マーク篇G




レイチェル・ランサムは、動けなかった。
立ち聞きするつもりはなかったのに、全部聞いてしまった。
そもそもは、必死に走っているマーク・ギルダーを見かけて、何事かと追いかけてきたのだった。
マークさんが、フローレンスさんの扉の前で立ち止まったので、慌てて通路の曲がり角に隠れた。
そして、一連の会話と彼女のあの言葉。
「結婚していたんでしょう」
(え…!?)
頭が真っ白になった。

(私みたいな子ども、相手にされるはずもないよね…)
ただでさえ、年齢は離れている。
結婚していれば、なおさら相手にもされないだろうと、レイチェルは勝手にそう思った。
どのくらいそのままそこに立っていたのだろう。
ふと我に返って、廊下を盗み見ると、彼はまだそこに立っていた。
その向こうから、人影が歩いてくるのが見えた。
レイチェルは、慌てて曲がり角の死角に隠れた。

「…マーク?」
この声、ニキさんだ。
「ニキ…か」
「どうしたんだ?」
「いや、何でもない…」
「…何でもないって顔じゃない」
「何でもないんだ」
語気が強くなっている。
「…そうか」
少しの静寂。
「ニキ」
「…何?」
「俺は、まだラビニアのことを忘れられない」
(え?ニキさんも知ってるの!?)
「…そう」
「幼馴染の3人でつるんでいた頃に、戻りたいな…」
(幼馴染!?え?どういうこと?)
あまりに展開に、レイチェルは付いて行けない。
「…ほら」
ニキ・テイラーが何かを差し出す音が聞こえた。
「…何だ」
「ミニトマトの種」
そこでマークさんが少し微笑んだのが分かった。
(だから、チョコ買わなかったんだ…)
レイチェルは、そこでそう納得した。
「ありがとう、大切に育てるよ…」
マークはそう礼を言うと、自室に戻ろうと歩き始めた。
(こっちに来る!)
レイチェルは慌てて走り去る。

「マーク」
「…何だ?」
「背筋を伸ばせ」
「…ありがとう」
そう言うと、彼は去っていった。

この恋は実らない。
マークがラビニアを選んだ時から分かっていたことだ。
この気持ちに鈍感なマークが気がつくはずもないし、あえて言うつもりもない。
彼女が病気で亡くなった今でも、私たちの関係性は変わらないから。
彼を支えるのは幼馴染の「私」ではなく、全く事情を知らない「誰か」だ。
マークの姿が見えなくなるまで、彼女はずっと見送り続けていた。
やがて、彼の姿が見えなくなると、ニキ・テイラーは、マーク・ギルダーが去っていった方向とは反対の方向に歩き去った。



マーク篇H




「胸がなくたってなぁーッ!別にいいだろーッ!」
一方、その頃のノーランの自室では、エターナが完全にデキあがっていた。
「…」
「…」
ノーランもネリィも黙るしかない。
酒入りチョコで酔うエターナを見て、笑っていられたのは、最初の5分だけだった。
あとはもう、矢継ぎ早に酒入りチョコを食い散らかしては、ベロンベロンに酔っ払っていくエターナを止めることも出来ず、ただ、呆然としていた。
ノーランが座っていた椅子は、すでにエターナに奪われ、彼女はネリィと二人でベッドの端に並んで座っている。
「女にゃらんてねー、☆の数ほどいるるるとかゆーわけでうよ。男だってしょーよ!男なんてぇー、★の数ほどいうわけでうよ!」
何が面白いのか、ケタケタと笑っているエターナさん。
呂律回ってませんよ、貴女。
「「…」」
そして、二重に黙る二人。
「ほんでねっ!☆のように手が届かないのは男も女も同じわけだっ!はっ!」
そう吐き捨てて、思いっきり椅子に座りながら上体を仰け反らしたエターナは。
必然というか、当然というか、艦内の人工重力にしたがって、そのまま椅子から崩れ落ちた。
「「…」」
二人とも助けない。
「くぁwせdrftgyふじこlp…」
何を言っているのか不明である。
椅子から崩れ落ち、床に横たわったままの状態で、エターナは動かない。
「…すん」
「…泣き始めた」
ノーランがボソッと言う。
「そうです、そうなんでう。私はね、好きな人の後ろを歩いてても幸せだし、横顔見てても幸せだし、ええ、ええ、そうなんです…しょんな私だかーね、占いでね、二番目に好きな人と結婚するタイプです、とかなんとか言われちゃうわけで…」
泣き上戸入りました。
「二番目に好きー!な人と結婚する?何でよ…何でなのうよ…」
「まぁ、そんなタイプに見えなくもないですわ…」
「馬鹿…!」
ネリィの独り言をノーランが口を塞いで遮る。
しかし、時既に遅し。
一瞬の静寂の後、エターナは、
「フ…ふふ…ウフフフフ…フフフフフフ…」
そう自嘲気味に笑った後、やおら起き上がり、ネリィを指差し、こう言った。
「そこの爆乳!」
二人は顔をしかめる。
「…しまったですわ」
「遅いよ…」
「何なんですか!その谷間は!ええ、ええ!何か入っているんですか!メロンですか!メロンなんですね!!メロンなんでしょう!!!甘くてジューシーで酸味の効いたメロンなんですね!!!!」
「「…」」
「いいですね!私なんかね、何が入っていると思います!?何も入っていないとお思いですか!?ところがどっこい!洗濯板が入っているんです!!プラスチックで真っ平で色気もない洗濯板なんです!!!!」
そんなにコンプレックスなのですか。

「胸を大きくしようとして!栄養取るために、ご飯たくさん食べれば!胸が出る前に下っ腹が出るわけですよ!」
着痩せするんですね。

「大胸筋鍛えれば!胸が大きくなるって言うから!筋トレすれば、普通に筋肉付いちゃうんですよ!」
あちゃー。

「男の人って、大きい方が好きなんですよね!!ええそうよ、どうせ私は胸が乏しいわよ!どんなに母性があるとか優しいとか言われたってね、胸が小さきゃ腹黒そうって結論になっちゃうんですよ!」
どんだけ論理が飛躍するんですか。

「こうなったら…」
「え?」
「…何ですの?」
「直接聞いてまいります!!」
エターナ・フレイルはそう怒鳴ると、部屋を飛び出して行った。

「…台風ですわね」
「酒入りチョコでああなった、なんて誰も信じないだろうなぁ…」
追いかけて止めなさいよ、貴女たち。