シェルド篇A




シェルドは部屋に帰るために廊下を歩いていた。
機体の側のほうが落ち着くとはいえ、流石に布団で寝ないと疲れは取れない。
もうすぐ覚醒武器のメンテナンス演習もある。
予習しているとはいえ、覚醒武器に実際に触れたことは一度もない。
だから、シェルドはその演習が楽しみでしょうがなかった。
と、曲がり角を曲がったところで、シェルドの高揚した気分は落ち込むことになる。
向かいから歩いてきたのは、ルナ艦長代理とジュナス、そしてパメラだった。
(うわ…)
きっと例の放送に関してだろう。
通信士見習いの人たちが、つい20分ほど前から、特別ミッションを行っていることは知っていた。
それが、アレだ。
何があったか見当も付かないが、あの二人のこれからを思うと、心から同情した。
ともかく、前から艦長代理が歩いてくるので、規律に従い、シェルドは廊下の端に寄って道を譲り、敬礼した。
その敬礼したシェルドの目の前で、ルナ艦長代理は立ち止まった。
(え?)
戸惑う間もなく、ルナ艦長代理はシェルドに話しかけた。
「こんな時間に何をしている?」
「え…あのですね、その、機体です。機体を見ていてですね、それで、」
反射的に敬礼を解いて、身振り手振りで何とか状況を説明しようとする。
しかし、ちゃんと説明しようとすればするほど、シェルドは挙動不審になる。
「就寝時刻は過ぎている」
突っ込まれて、さらに慌てる。
「あ、はい。そうなんです。じゃなくて、」
そうなんですって認めてどうする…
「どうしても確認したい、その、機体の、武器が、えっと、その、調子が」
「わかった」
構っていられないと判断したのだろう。
ルナ艦長代理は会話を切った。
そこでシェルドは、ほっと息を吐いた。
ふと視線を感じ、そちらを向くと、ジュナスとパメラが今にも死にそうな目で助けを請うていた。
(無理だって)
シェルドは細かく首を振りながら、そう口だけ動かした。
「シェルド」
ルナ艦長代理に名を呼ばれ、シェルドは姿勢を正す。
「はい」
「意欲は認める。しかし規律を乱すことは感心しない。以後、注意すること」
「わ、分かりましら」
ら、って。
3人の後姿を見送りながら、自分のこの性格と会話の下手さ加減に、シェルドは辟易した。
わかりましら、って。
ら、って…。
先ほどの気分はどこへやら。
シェルドは自己嫌悪で一杯になった。



シェルド篇B



ルナ・シーンは、こみ上げてくる喜びを必死に押し殺していた。
今にも、嬉しさで含み笑いをしてしまいそうになる。
それが出来ないのは、後ろにパメラ・スミスと、ジュナス・リアムが歩いているからであり、
そうしたいのは、先ほど、シェルド・フォーリーに会ったからだ。
ルナ・シーンは、あの弱気な整備士見習いが、可愛くて可愛くてしょうがないのである。
シェルドは、すぐに挙動不審になり、喋ると噛みまくり、何かを言われるとパニックになる。
それは、会話の相手が女性だと尚更酷い状態になる。
ルナは、そのシェルド特有の青臭さが好ましくて仕方がない。
先程、冷たい態度をとったのは、艦長代理としての責務もあったが、シェルドの困った顔が見たかった、と言った方が正しい。
彼の困った表情や仕草を見るたびに、「可愛い…」とか呟いて、抱きしめたい衝動に駆られてしまう。
しかし、それは、ルナ・シーンに限ったことではなかった。
クレア・ヒースローみたいに、ただ純粋に、からかうことを楽しみとしているクルーもいれば、
ネリィ・オルソンやノーラン・ミリガンみたいに、シェルドを完全に異性として捉えた上で、シェルドをいじめるクルーもいた。
ネリィなどは、わざと胸元が大きく開いた服を着て、かなりわざとらしいミニスカートを
はいて、もっとわざとらしく髪をかき上げたりして、シェルドをからかった。
シェルドは顔を真っ赤にしながらも、それでも必死に機体の説明をしようとするのだが。
男の悲しいサガよ。
つい、目線は胸元や脚に向いてしまい、その度に、
「どこを見ているんですの?」
と、ネリィに突っ込まれ、パニックになった。
そのテンパった顔を見ると、強気な女性たちは、シェルドが可愛くて、いじめたくて、さらに困らせてやりたくて仕方なくなる。

自分がそう思われていることなど露とも知らないシェルド・フォーリーは、
彼女たちにそう扱われるたびに、落ち込んだ。
しかし、その落ち込んだ表情が、更に彼女たちを煽ることになるなどとは、まったく考えもしていないのであった。
そして、そんな落ち込んだシェルドを励ますのは、決まってエリス・クロードの役割だった。
彼女は特に恋愛感情は持ってはいなかった。
しかし、ある日。
落ち込んでいるところを、エリスに励まされたシェルドは、心から嬉しそうに
「ありがとう、エリス」
と、言った。
何気ないただのお礼である。
しかし、礼を言われた彼女は、不覚にも、ときめいてしまった。
それ以来、シェルドの嬉しそうな顔が見たくてしょうがなくなってしまったエリス・クロードだった。