シェルド篇G




「覚えているかい?機体のことでアンタが私に言い返したときのこと」
何の話を…
「私はね、シェルド。あの時、吸い込まれたんだ」
何を、言っているんですか…
「あの時の、あの目に、私は、魅せられた」
…ウソだ
「あの瞬間から、シェルド、あんたが離れない」
違う
「嘘じゃない」
違う、違う、違う、違う、違う
「好きなんだ…。シェルド・フォーリー」
「違う!」
だって、だって、だって
「馬鹿にしてたじゃないですか!僕のこと、からかって、ふざけて、僕が、慌てふためく姿を見て、楽しんでただけでしょう!?」
だって、僕は、こんなに、
「しょうがないじゃないですか!人と話すると緊張するんですから!皆して、ネリィさんだって、ノーランさんだって、僕を馬鹿にして、笑ってたんじゃないんですか!?」
気が弱くて、駄目な、男で、
「違うんだよ、シェルド」
何が、
「何が違うって言うんですか!」
違わない、本当は、皆で、僕を笑って、蔑んでいるに違いないんだ
「違わない、何も違わない!」
昔から、そうだった。
気が弱い僕を、苛めて、からかって、楽しんで、
いいんだ、慣れてるから
そう思って、僕は、自分を、
そんな僕は、
「だから、機械に逃げたのかい」

その一言は、
シェルド・フォーリーの心の壁の一端を崩した。




シェルド篇H



「初めから、機械が好きだったわけじゃないんだろう。人と上手く交流できない自分を誤魔化すため、物言わぬ機械に、逃げたんだ」
僕は、
「それであんたはメカニックとしての腕を上げて、ここに来て、それで、私と会って」
僕は、僕は、
そんな僕を、
あぁ…
彼女だけが、
「そして、エリス・クロードに会った」
エリス、
彼女は、彼女だけが、僕を、
「失敗したなぁ…。でもさ、私はこんな性格だから、なかなか優しくすることなんて、出来なくて、さ」
ノーランさん…
貴女は、何を、言っているんですか…
「分かっているんだろ、シェルド」
何を、僕が、僕の何を、分かれと、
貴女は、こんな、僕を、
「僕は、」

その時、ノーラン・ミリガンは、これ以上ない愛おしさを持って、
シェルド・フォーリーを抱きしめた。

「しっかりしろよ、弱虫。傷つくことばっか考えてちゃ、何にも出来ないぞ」
それは、
人と交流することから逃げ続けていたシェルド・フォーリーが、
初めて感じた温もりだった。

「僕は、僕は、」
「分かってる。分かっているよ、シェルド。あんたの心に、私は、いない」
「僕は」
「いいかい。この部屋の外に、あんたと同じで、不安定な心を持った女の子がいる。その子は、あんたに特別なことを言う筈だ。逃げちゃいけないよ。私に言ったみたいに、違う、なんて言っちゃいけない。誰に渡せばいいの、なんて言っちゃいけない。受け止めて、そして、ちゃんと、抱きしめてあげなきゃ、いけないんだ」
「…ご、ごめ」
「謝らないで、シェルド」
そう言って、ノーランは、シェルドを抱きしめる手に力を込める。
「いいかい。あんたはね、いい男になる。間違いない。この私が惚れたんだから。保証するよ。だからね、一つ、覚えておいて。人と接するっていうのは、こういうことなんだ」
こういうことなんだよ。
そう呟いたノーラン・ミリガンは、
いつの間にか床に落ちていたチョコレートをそっと拾い上げると、
そのまま部屋から、去っていった。

そして、一人、残されたシェルド・フォーリーは、
そのまま床へと泣き崩れた。
それは、
初めて触れた、人を傷つける苦しみ。
人の想いに、応えることのできない痛み。
肉親ではない誰かの、温もり。
「うわあああああああああああ!!」
ノーラン・ミリガンは、
叶わぬ恋だと知りながら、それでも、シェルドの心を解きほぐした。



シェルド篇 エピローグ



ノーラン・ミリガンが部屋を出ると、扉の傍の壁に寄りかかる形でネリィ・オルソンが立っていた。
「…」
「…」
「いつからいたの?」
「大分前からですわ」
「あ、そう…」
具体的に、どの話をしてる時からいたの?とは、とても聞けない。
「…」
「…」
「フられましたわね」
「…アンタもね」
「…そうですわね」
「…」
「…」
ネリィは、黙って自分が手にしているチョコレートを見る。
結局、1時間かけて選んだこのチョコレートは、行き場をなくしてしまった。
「…はぁ、いいですわよいいですわよ!あの坊やなんかより、もっといい男を見つけて、見せ付けてやるんですから!」
そう強がるネリィの目尻には涙が浮かんでいる。
唇の端は、痙攣しており、泣き出したいのを、懸命に堪えていた。
「ネリィ…」
「何ですの」
「言わなくて、いいの?」
ネリィは、くっ、と表情を歪めた。
「いいわけないでしょう!貴女はいいですわよ!ちゃんと告白してきっぱりフられたんですから!ワタクシはどうなるのよ!告白することも、ちゃんとフられることも、許されなくなってしまったじゃない!」
そこで、大粒の涙がネリィ・オルソンの目からこぼれ始めた。
「馬鹿にしないで…くださいます……」
くしゃくしゃに顔を歪めたネリィは、そのままノーランへと飛びつき、その胸に顔を埋め、大声で泣き始めた。
「…そうだな、ごめん」

そんな二人のところに。
歩いてくる女の子がいた。
その名はエリス・クロード。
ノーランはエリスに気がつき、彼女のほうを向いて、言った。
「しっかりやんなよ」
「な、何かあったら、ずびっ、すぐに取り返してやるんですからね」
顔を上げ、鼻水をすすりながらネリィはそう言った。
そして、
二人の女性は、そのまま歩き去っていった。
エリスは、その後姿を見送る。
そのノーラン・ミリガンの去り姿は、なぜか、とても感動的で、エリスは、その姿が見えなくなるまで、ずっと見送り続けていた。
「鼻水、かみなよ」
「ティッシュ、持ってないんですのよ」
「貴族出身なのに?」
「貴族、関係ねーですわ」

エリスは、扉を見る。
その扉の向こうでは、彼が、泣いている。
彼を抱きしめるために、エリスはその扉をノックした。
「シェルド君?私、エリス」
扉の向こうで、彼が反応したのが分かる。
「入るね」
先ほど、やけに残酷な音を響かせて閉まったその扉は、
やけに落ち着いた良い音を響かせて、開いた。